ヴィルヘルム・クラウセンは宮廷俳優・劇場書記の子としてメクレンブルク=シュヴェリーン大公国の首都シュヴェリーンに生まれました。12歳でピアノ三重奏曲を作曲し、1861年からシュテルン音楽院でハンス・フォン・ビューロー (Hans von Bülow, 1830 - 1894) に師事しました。1864年から音楽院の教師となり、1866年には演奏会用序曲「オテロ Othello 」、カンタータ「エフタの娘 Jephtas Tochter 」、二重フーガ「深き淵より、われ汝に呼ばわる Aus tiefer Not schrei ich zu dir 」でマイアベーア賞 (Meyerbeer-Preis) を受賞しました。そのほかの作品に序曲「ハムレット Hamlet 」、序曲「ロメオ Romeo 」、交響曲 ハ長調、「エウリピデスのサテュロス劇『キュクロープス』のための音楽 Musik zum Satyrspiel „Der Cyklop“ von Euripides 」、弦楽四重奏のための夜想曲などがあり、いくつかの作品をベルリンやシュヴェリーンで発表しました。1869年に生地のシュヴェリーンで25歳の若さで亡くなりました。生前に四重唱曲「春が山の上に昇るとき Wenn der Frühling auf die Berge steigt, Op. 4 No. 1」が出版されていますが、そのほかのピアノ曲 (性格的小品集 Op. 1) と歌曲 (独唱曲集 Opp. 2, 3; 四重唱曲集 Op. 4 Nos. 2-4) は死後に出版されています。
出典:
Grewolls, Grete (2011). “Claussen, Wilhelm”. Wer war wer in Mecklenburg und Vorpommern: Das Personenlexikon. Rostock: Hinstorff Verlag.
Baker, Theodore and Remy, Alfred, ed (1919). “Claussen, Wilhelm”. Baker's Biographical Dictionary of Musicians (3rd edition). New York: G. Schirmer. page 163.
ビーレフェルト (1878年まで)、ブロムベルク (1880-1881)、ハンブルク音楽院 (Hamburger Konservatorium, 1890年まで)、ゾンダースハウゼン音楽院 (Konservatorium der Musik in Sondershausen, 短期)、ヴィースバーデン音楽院 (Wiesbadener Konservatorium, 1895年まで) を経てライプツィヒ大学の教員となりました。1901年に員外教授、1905年に正教授、1914年に新設された音楽学研究所 (Forschungsinstitut für Musikwissenschaft) 所長に就任します。