2026-05-29

150th Birth Anniversary of Christian Knayer

Christian Knayer (Germany, 1876 - 1932) - Always Jolly. Allegro (G major).

今日はドイツの作曲家・オルガン奏者・音楽批評家・音楽教師、クリスティアン・クナイヤー生誕150年の誕生日です。今回はクナイヤー作曲「いつも陽気 ト長調」を弾きました。楽譜は Children's Piano Pieces the Whole World Plays (New York: D. Appleton & Co., 1920) の93頁に収録されているものを用いたので、正式な題名ではない可能性があります。

クリスティアン・クナイヤーは1876年5月29日にドイツ帝国ヴュルテンベルク王国エスリンゲン・アム・ネッカー (Esslingen am Neckar) 近郊のベルクハイム (Berkheim. 現在はエスリンゲン・アム・ネッカー市に属する) で生まれました。ベーブリンゲン (Böblingen) のラテン語学校で学んだのち、1890年から1894年までシェーンタール (Schöntal) とウラッハ (Urach) の神学校で学び、1894年から1898年までエーバーハルト・カール大学テュービンゲンで哲学と国家学を学びました。1898年から1902年までエルンスト・ハインリヒ・ザイファルト (Ernst Heinrich Seyffardt, 1859 - 1942) にピアノを、ハインリヒ・ラング (Heinrich Lang, 1858 - 1919) に音楽理論を、サミュエル・デ・ランゲ2世 (Samuel de Lange jr., 1840 - 1911) に音楽理論とオルガンを師事しました。

1902年から1905年までイタリアのフィレンツェでオルガン奏者を、1906年から1909年までシュトゥットガルト実科学校の教員を務めました。1909年以降、シュトゥットガルトのノイエス・タークブラット (Neues Tagblatt) と官報 (Staatsanzeiger) で音楽批評を担当し、シュトゥットガルトに私立音楽学校を設立しました。1912年にソプラノ歌手のリューディア・シューマッハー (Lydia Knayer geb. Schumacher, b. 1883) と結婚。1914年には子のマンフレート (Manfred Knayer)が生まれました。1932年8月20日にシュトゥットガルトで亡くなりました。

出典:

  • Einstein, Alfred, ed. (1929). “Knayer”. Hugo Riemanns Musik-Lexikon. 11th edition. Leipzig: Max Hesse. page 913.
  • Müller, Erich H., ed. (1929). Deutsches Musiker-Lexikon. Dresden: Wilhelm Limpert.
  • Knayer, Christian, 1876-1932”. LC Name Authority File (LCNAF). The Library of Congress. Retrieved 2026-05-29.

2026-05-25

200th Death Anniversary of Christian Friedrich Ruppe

Christian Friedrich Ruppe (Germany/Netherlands, 1753 - 1826) - 18 Pièces pour l'orgue ou piano-forte composées et dediées à Monsieur G. B. Craan, Op. 10 (Leiden: chez l'auteur); No. 6. Presto ma non troppo (G major).

今日はドイツ出身のオランダの作曲家・音楽理論家、クリスティアン・フリードリヒ・ルッペ没後200年の命日です。今回はルッペ作曲「オルガンまたはピアノのための18の小品 Op. 10」より第6曲 ト長調を弾きました。

クリスティアン・フリードリヒ・ルッペは1753年8月22日にザクセン=マイニンゲン公国ザルツンゲン (Salzungen) で、帽子・楽器製造業者でヴィルトプレヒトローダ (Wildprechtroda) のオルガン奏者でもあったエルンスト・ザーロモン・ルッペ (Ernst Salomon Ruppe) の子として生まれました。幼少期についてはほとんど分かっていないものの、キストによると1772年にはネーデルラント連邦共和国ライデン (Leiden) に住み、1773年にはライデン大学に入学して法律を学びました (Kist 1841)。1784年まで商人として活動。ドイツに短期間滞在したのちの1787年にライデン大学哲学部に入学。1788年にライデンにあるルーテル教会のオルガン奏者に就任。1790年にライデン大学の楽長兼音楽監督 (ordinaris musicant) に就任。1802年から音楽の講義を始め、1809年から1810年にかけて音楽理論の著書を執筆。1816年に国王ウィレム1世 (Willem I, 1772 - 1843) により正式に音楽の講師 (lector) に任命されました。1826年5月25日にライデンで亡くなりました。

弟に作曲家・ヴァイオリン奏者・鍵盤楽器奏者のフリードリヒ・クリスティアン・ルッペ (Friedrich Christian Ruppe, 1771 - 1834) がいます。

出典:

2026-05-15

150th Birth Anniversary of Arthur De Meulemeester

Arthur De Meulemeester (Belgium/UK, 1876 - 1942) - Offertoire. Allegro giusto (D major. De Kerkorgelist, Vol.1. Leipzig: Breitkopf und Härtel. pages 40-41).

今日はベルギー・フランデレン出身の英国の作曲家・オルガン奏者・合唱指揮者、アルテュール・デ・メーレメーステル生誕150年の誕生日です。今回はデ・メーレメーステル作曲「オフェルトワール (奉献唱) ニ長調」を弾きました。

アルテュール・デ・メーレメーステルは1876年5月15日にベルギー王国オースト=フランデレン州メッレ (Melle) で生まれました。ワールスホート (Waarschoot) で教会使用人 (koster) 兼オルガン奏者を務めていた父から音楽の手ほどきを受けました。1889年にヘント王立音楽院 (Koninklijk Conservatorium Gent) に入学し、アドルフ・ドフルスト (Adolf D'Hulst, 1851 - 1916)、ヨゼフ・ティルボルフス (Jozef Tilborgs) にオルガンを、フランス・ヴァン・アヴェルマーテ (Frans Van Avermaete, 1845 - 1918) にピアノを、ポール・ルブラン (Paul Lebrun, 1863 - 1920) に和声法を、アドルフ・サミュエル (Adolphe Samuel, 1824 - 1898) に対位法を師事しました。16歳でオルガン科の優秀賞 (accessit) を獲得しましたが、深刻な病のために学業を中断せざるを得ませんでした。その後、シント=ニクラースの教員養成学校 (normaalschool) で学び、聖母教会 (Onze-Lieve-Vrouw-van-Bijstand-der-Christenenkerk) で臨時オルガン奏者を務めました。1894年にメヘレンレメンス音楽院 (Lemmensinstituut) に入学して、エドハル・ティネル (Edgar Tinel, 1854 - 1912) とオスカル・デペイト (Oscar Depuydt, 1858 - 1925) に4年間師事し、1898年に最優等の成績で卒業しました。同年10月にアイルランド北部のベルファスト (Belfast) にあるクロナード修道院 (Clonard Monastery) のオルガン奏者兼合唱指揮者に就任。自身が創設した聖ジョージ合唱団 (St George's Singing Choir) とともに、自作や古典の作品を定期的に演奏しました。1942年6月26日にベルファストで亡くなりました。

出典: Focquaert, Annelies. “De Meulemeester, Arthur”. Studiecentrum Vlaamse Muziek. Retrieved 2026-05-14.