2017-09-10

150th Death Anniversary of Simon Sechter

Simon Sechter (Austria, 1788 - 1867) - 24 Praeludien in allen Dur- und Moll-Tönen, für die Orgel, mit besonderer Rücksicht auf das Pedal; No. 4. Andante e-Moll

今日はオーストリアの作曲家・オルガン奏者、ジーモン・ゼヒター没後150年の命日です。今回はゼヒター作曲「オルガンのための全長短調による24の前奏曲 Op. 26」より第4番 ホ短調 を弾きました。

この曲集はオーストリアの作曲家・オルガン奏者・ヴァイオリン奏者のアンブロス・リーダー (Ambros Rieder, 1771 - 1855) に献呈されています。題名によればオルガン曲ということになりますが、楽譜はすべて2段譜で書かれており、足鍵盤のないピアノでも演奏できる曲がいくつかあります。

2017-08-28

250th Death Anniversary of Johann Schobert

Johann Schobert (Germany, died 1767.8.28) - Ein sonderbares musikalisches Stück welches auf dem Klavier, der Violin und dem Bass und zwar auf verschiedene Arten kann gespielet werden

今日はドイツ出身のフランスの作曲家・鍵盤楽器奏者、ヨハン・ショーベルト没後250年の命日です。今回はショーベルト作曲「奇妙な楽曲」を弾きました。

楽譜を逆さまに置いても全く同様に演奏できる第1番、第1番と同じ旋律だが楽譜を逆さまに置いて演奏すると違う曲になる第2番、逆さまに置くと第2部が現れる第3番、楽譜を間に挟んで向かい合ったヴァイオリン奏者と低音楽器奏者がそれぞれ高音部譜表と低音部譜表 (高音部譜表を反対側から読む) を2つのパートで演奏する第4番と第5番、という全5曲のメヌエットからなる作品です。このうち第1番、第3番、第4番は全く同じ曲になります。

楽譜を間に挟んだ演奏者が上下逆さまの譜面を同時に演奏する作品の例としては、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart, 1756 - 1791) 作曲と伝えられる「2挺のヴァイオリンのための4つの鏡のカノン 4 Spiegelkanons, K.Anh.10.16 」があります。また、楽譜を逆さまに置いても全く同様に演奏できる作品にはイグナツ・モシェレス (Ignaz Moscheles, 1794 - 1870) 作曲「世のならわし The Way of the World 」があります。

似た趣向の曲としては、カール・ライネッケ (Carl Reinecke, 1824 - 1910) 作曲「ピアノ4手のためのカノン様式による12の練習曲 12 Studien in kanonischer Weise, Op. 130」(1874年出版) の第12曲「エオリア旋法のコラール (蟹行カノン) Choral in modo aeolico (Canon cancrizans) 」があります。これは第2奏者が第1奏者の楽譜を逆さまにしたものを演奏する4手連弾作品で、隣り合うページにパートを書かれた楽譜は全体で点対称になっています。

2017-07-16

100th Death Anniversary of Philipp Scharwenka

Ludwig Philipp Scharwenka (Germany, 1847 - 1917) - Für die Jugend, 6 kleine Stücke für das Pianoforte, Op. 71; No. 4. Lento espressivo, C-Dur

今日はポズナン大公国出身のドイツの作曲家フィーリプ・シャルヴェンカ没後100年の命日です。今回はフィーリプ・シャルヴェンカ作曲「若者のために、6つのピアノ小品 Op. 71」より第4曲 ハ長調 を弾きました。

プロイセンの支配下にあったポズナン大公国のザムター (Samter, ポーランド語ではシャモトゥウィ Szamotuły) に生まれたフィーリプ・シャルヴェンカは、1865年に弟のフランツ・クサーヴァー・シャルヴェンカ (Franz Xaver Scharwenka, 1850 - 1924) とともにベルリンの新音楽アカデミーでリヒャルト・ヴュルスト (Richard Wüerst, 1824 - 1881) に音楽理論を学びました。同時期にハインリヒ・ドルン (Heinrich Dorn, 1804 - 1892) にも師事しています。1870年に同校で音楽理論と作曲の教師となり、1880年にヴァイオリン奏者・作曲家のマリアンネ・シュトレーゾー (Marianne Scharwenka-Stresow, 1856 - 1918) と結婚しました。マリアンネとの間に生まれた子、ヴァルター・ゲルハルト・シャルヴェンカ (Walter Gerhard Scharwenka, 1881 - 1960) は作曲家・オルガン奏者になっています。

1881年には弟クサーヴァーとともにシャルヴェンカ音楽院 (Scharwenka-Konservatorium) を設立しました。1891年に弟とともに渡米しましたが、翌1892年には弟を残して帰国しました。音楽院は1893年にクリントヴォルト音楽学校と合併してクリントヴォルト・シャルヴェンカ音楽院 (Klindworth-Scharwenka-Konservatorium) となり、フィーリプは米国在住の弟の代わりに同校の理事に就任しました。