2019-10-20

200th Birth Anniversary of Carl Mikuli

Carl Mikuli (Austrian Poland, 1819 - 1897) - 48 Airs nationaux roumains. Ballades, chants des bergers, airs de danse etc.; Cahier 2 (à Madame la Baronne Angelique de Muslazza). No. 7. Bujorŭ [Bujor]. Moderato (B minor)

今日はブコヴィナ出身のオーストリアの作曲家・ピアノ奏者、カール・ミクリ生誕200年の誕生日です。今回はミクリにより収集・編曲された「48のルーマニア民謡」より第2巻第7曲「シャクヤク ロ短調」を弾きました。

オーストリア帝国ブコヴィナ公爵領のチェルノヴィツ (現ウクライナのチェルニウツィー) に生まれたカール・ミクリは、1839年にヴィーンで医学を学んでいましたが、1844年から1847年までパリでフレデリック・ショパン (Frédéric Chopin, 1810 - 1849) にピアノを、アントニーン・レイハ (Anton Reicha, 1770 - 1836) に作曲を師事しました。1848年革命を契機にオーストリアに戻り、ポーランドとルーマニアの民謡を収集したほか、ピアノ奏者としてフランス、イタリア、ロシア、ルーマニア、ガリツィアを演奏旅行しました。1858年から1888年までレンベルク (現ウクライナのリヴィウ) でガリツィア音楽協会 (Gesellschaft zur Beförderung der Musik in Galizien) 芸術監督と音楽院 (Konservatorium) 院長を務めたのち、同地で自身の音楽学校を創設しました。1879年には17巻からなる「フレデリック・ショパンのピアノ作品 Fr. Chopin's Pianoforte-Werke 」(Leipzig: Fr. Kistner) の校訂譜を出版しています。

教え子にはアレクサンデル・ミハウォフスキ (Aleksander Michałowski, 1851 - 1938), チプリアン・ポルムベスク (Ciprian Porumbescu, 1853 - 1883), モーリツ・ローゼンタール (Moriz Rosenthal, 1862 - 1946), パウル・チュントゥ (Paul Ciuntu, 1866 - 1918), ラウル・コチャルスキ (Raoul Koczalski, 1884 - 1948) などがいます。

出典

2019-10-14

Carlo Caproli / Alessandro Longo - Tu mancavi a tormentarmi

Carlo Caproli (Italy, before 1620 – after 1675?) / Alessandro Longo (Italy, 1864 - 1945) - Tu mancavi a tormentarmi

イタリアの作曲家・ヴァイオリン奏者・オルガン奏者であるカルロ・カプローリ作曲の歌曲「お前は私を苦しめていなかったのに」のアレッサンドロ・ロンゴによるピアノ編曲を弾きました。ロンゴが編纂した「金の図書館、あらゆる時代と地域の巨匠の作品からの700のピアノ小品 Biblioteca d'Oro, 700 pezzi per pianoforte tratti dalle opere di Maestri di ogni tempo e paese 」の第1巻に第97曲 Melodia: Tu mancavi a tormentarmi (M. A. Cesti) として収録されています。アントニオ・チェスティ (Antonio Cesti, 1623 - 1669) の没後350年の記念に弾いたのですが、作曲者の名前や通称を記した同時代の手稿譜の発見によって、現在ではカプローリの作品とされています。

フランソワ=オーギュスト・ジュヴァール (François-Auguste Gevaert, 1828 - 1908) が編集した歌曲集「イタリアの栄光 第1巻 Les Gloires de l ' Italie . Chefs-d'oeuvre de la musique vocale italienne aux XVIIe et XVIIIe siècles. Collection de morceaux de théatre, de concert et de chambre, recueillis et publiés avec accompagnement de piano. Premier Volume 」(Paris: Heugel et fils, 1868) で第24曲にこの Tu mancavi a tormentarmi が「マルカントニオ・チェスティのアリア Aria di Marcantonio Cesti. (verso il 1660)」として収録されたのが、チェスティを作曲者とする誤った情報の由来ということです。

出典: 中巻寛子「『イタリア古典歌曲』研究序論」 (愛知県立芸術大学紀要 (32), 17-26, 2002)

2019-07-10

100th Death Anniversary of Hugo Riemann

Hugo Riemann (Germany, 1849 - 1919) - Valse et Valsette, Op. 25 (Köln: P. J. Tonger, 1877); No. 2. Valsette. Sehr zart und flüchtig (C major)

今日はドイツの作曲家・音楽理論家、フーゴ・リーマン没後100年の命日です。今回はリーマン作曲「円舞曲と小円舞曲 Op. 25」より第2曲「小円舞曲 ハ長調」を弾きました。楽譜は1882年に出版された「新音楽新聞 Neue Musik Zeitung 」に掲載されているものを用いました。

ドイツ連邦シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国のグロスメールラ (Großmehlra)に生まれたフーゴ・リーマンは、 ゾンダースハウゼン (Sondershausen) でハインリヒ・フランケンベルガー (Heinrich Frankenberger, 1824 - 1885) に理論を、アウグスト・バルテル (August Barthel) とテオドール・ラッツェンベルガー (Theodor Ratzenberger, 1840 - 1879) にピアノを師事しました。ラッツェンベルガーはピアノをフランツ・リストに師事しているので、リーマンはピアノ奏者としてはリストの孫弟子ということになります。

1865年から1868年までベルリンとテュービンゲンで法学、哲学、史学を学んでいましたが、普仏戦争 (1870-1871) に出征。その後はライプツィヒ音楽院 (Conservatorium der Musik, 現在のフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学ライプツィヒ) に入学し、1873年にゲッティンゲン大学で博士となりました。

ビーレフェルト (1878年まで)、ブロムベルク (1880-1881)、ハンブルク音楽院 (Hamburger Konservatorium, 1890年まで)、ゾンダースハウゼン音楽院 (Konservatorium der Musik in Sondershausen, 短期)、ヴィースバーデン音楽院 (Wiesbadener Konservatorium, 1895年まで) を経てライプツィヒ大学の教員となりました。1901年に員外教授、1905年に正教授、1914年に新設された音楽学研究所 (Forschungsinstitut für Musikwissenschaft) 所長に就任します。

出典: