2016-04-12

300th Birth Anniversary of Felice Giardini

Felice Giardini (Italy, 1716 - 1796) - String Trio in E-flat major, Op. 17 No. 1; II. Siciliana. Adagio (A-flat major) (from 101 Classics, The World's Most Famous Piano Solos, edited by Ralph Dunstan)

今日はイタリアの作曲家・ヴァイオリン奏者、フェリーチェ・ジャルディーニ生誕300年の誕生日です。今回はジャルディーニ作曲「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための6つの三重奏曲 Op. 17」第1番 変ホ長調 より 第2楽章 シチリアーナ 変イ長調 のピアノ独奏編曲を弾きました。

2016-03-24

100th Death Anniversary of Rudolf Haase

Rudolf Haase (1841 - 1916) - Frühlingsblumen, 4 Charakterstücke für Pianoforte, Op. 14; Nr. 3. Schlüsselblume

今日はドイツの作曲家・オルガン奏者、ルドルフ・ハーゼ没後100年の命日です。今回はハーゼ作曲「春の花、4つの性格的小品 Op. 14」より第3曲「プリムラ (サクラソウ)」を弾きました。「春の花」は4曲からなるピアノ小品集で、ほかに「スノードロップ (マツユキソウ)」、「初めてのスミレ」、「アネモネ」があります。楽譜の表紙 (下図) は4種の花の絵で縁取られています。

ハーゼはザクセン=アンハルト州ケーテンに生まれ、ライプツィヒモーリッツ・ハウプトマン (Moritz Hauptmann, 1792 - 1868)、イグナーツ・モシェレス (Ignaz Moscheles, 1794 - 1870)、エドゥアルト・ベルンスドルフ (Eduard Bernsdorf, 1825 - 1901) に師事しました。1867年には生地のケーテンで音楽教師・教会オルガン奏者となり、同地で没しています。

出典: International who's who in music and musical gazetteer (New York: The Current Literature Publishing Company, 1918), page 248.

2016-03-23

100th Death Anniversary of Alfred Schüz

Alfred Schüz (Germany, 1845 - 1916) - Ägyptisches Motiv (Neue Musik-Zeitung, 1902)

今日はドイツの作曲家・音楽著述家であるアルフレート・シュッツ没後100年の命日です。今回はシュッツ作曲「エジプトのモティーフ」を弾きました。この曲の楽譜は1902年に「新音楽新聞 Neue Musik Zeitung 」に掲載されました。

ヴュルテンベルク州立図書館シュトゥットガルト (Württembergische Landesbibliothek Stuttgart) によると、シュッツはテュービンゲンに生まれ、シュトゥットガルトのバート・カンシュタット (Bad Cannstatt) で亡くなったということです。IMSLP には1892年から1903年にかけて「新音楽新聞」に掲載されたピアノ小品がこの曲を含めて4曲あります。

2016-02-14

100th Death Anniversary of Andrey Shcherbachyov

Andrey Vladimirovich Shcherbachyov (Андрей Владимирович Щербачёв, Ukraine, 1869 - 1916) - 6 Miniatures pour piano, Op. 5; No. 6. Tempo di valzer ma non troppo (G major)

今日はウクライナの作曲家アンドレーイ・シチェルバチョーフ (アンドレイ・シチェルバチョフ) 没後100年の命日です。今回はシチェルバチョーフ作曲「6つのミニアチュール Op. 5」より第6番ト長調を弾きました。速度標語にもあるとおり、ワルツの様式で書かれた曲です。

シチェルバチョーフはマヌイロヴォ (Мануйлово, 現在のポルタヴァ州クレメンチューク地区の街) に生まれ、ポルタヴァでニコライ・フリスチアノーヴィチ (Николай Филиппович Христианович, 1828 - 1890) にピアノを師事。1887年から1889年にかけて、ペテルブルク音楽院でフェリクス・ブルメンフェリトにピアノを、アナトーリー・リャードフニコライ・リムスキー=コルサコフに音楽理論を師事しました。1889年にペテルブルク大学に進学したのち、1903年から官吏として財務省などに勤め、現任発事官 (Действительный статский советник) に昇格します。同姓の作曲家であるニコライ・シチェルバチョーフ、ヴラディーミル・シチェルバチョーフの2人とは遠縁にあたるといいます。

出典: Музыкальная энциклопедия (1973 - 1982)

2015-12-29

200th Birth Anniversary of Robert Volkmann

Robert Volkmann (Germany, 1815 - 1883) - Buch der Lieder für das Pianoforte, Op. 17; Heft 2 Nr. 3. Andante religioso (F-Dur)

ドイツの作曲家ローベルト・フォルクマン生誕200年ということで、フォルクマン作曲「ピアノのための歌の本 Op. 17」より第6曲 (第2巻第3曲) 「アンダンテ・レリジョーゾ ヘ長調」を弾きました。

ザクセン王国ロマッチュ (Lommatzsch) に生まれたローベルト・フォルクマンは、カントルである父にオルガンとピアノを、フリーベル (Friebel) にヴァイオリンとチェロを師事。進学したギムナジウムがあったフライベルクでアウグスト・フェルディナント・アナカー (August Ferdinand Anacker, 1790 - 1854) に、次いでライプツィヒでカール・フェルディナント・ベッカー (Carl Ferdinand Becker, 1804 - 1877) に作曲を師事しました。

3巻からなるピアノ曲集「歌の本」はハインリヒ・ハイネの同名の詩集 Buch der Lieder から題名を取ったもののようです。ピアノ独奏のための歌ということで、無言歌集に類するものと考えて良いでしょうか。第1巻と第2巻は1854年に、第3巻は1860年にそれぞれ出版されていて、チェコ出身の作曲家・ピアノ奏者であるヨーゼフ・フィシュホフ (Joseph Fischhof, 1804 - 1857) に献呈されています。

2015-12-28

200th Birth Anniversary of Fredrikke Egeberg

Fredrikke Egeberg (Norway, 1815 - 1861) - 6 Sange uden Ord for Pianoforte (6 Songs without Words for Piano); No. 1. Adagio cantabile (F minor)

ノルウェーの作曲家・ピアノ奏者、フレドリッケ・エーゲバルグ (フレゼレゲ・イーイベア) 生誕200年ということで、エーゲバルグ作曲「ピアノのための6つの無言歌」より第1番ヘ短調を弾きました。

フレドリッケ・エーゲバルグはデンマーク=ノルウェーのクリスティアーニア (現在のオスロ) にデーマーク人の材木商ヴェスティエ・エーゲバルグ (ヴェステュー・イーイベア ; Westye Egeberg) の9人いた子のうちの末の一人娘として生まれました。姓はシェラン島の都市イーイビェア (Egebjerg) に由来します。外科医であった兄のクリスティアン・アウグスト (Christian August Egeberg, 1809 - 1874) はチェロをたしなみ、その娘 (フレドリッケの姪) であるアンナ (Anna Egeberg, b. 1843) とフレドリッケ・リンブー (Fredrikke Lindboe, née Egeberg) は作曲家になりました。家族ぐるみの友人であったオーレ・ブル (Ole Bull, 1810 - 1880) とは、私的に室内楽の演奏を楽しむ仲だったようです。

出典: Fredrikke Egeberg | Norsk biografisk leksikon

2015-11-29

150th Birth Anniversary of Emil Kronke

Emil Kronke (Germany, 1865 - 1938) - 4 Deutsche Tänze, Op. 65; II. Giocoso grazioso (B flat major)

今日はドイツの作曲家・ピアノ奏者、エミール・クロンケ生誕150年の誕生日です。今回はクロンケ作曲「4つのドイツ舞曲 Op. 65」より第2番変ロ長調を弾きました。

プロイセン王国プロイセン州 (Provinz Preußen) ダンツィヒ (現在のポーランド領グダニスク) に生まれたエミール・クロンケは、ライプツィヒ音楽院カール・ライネッケカール・ピウッティ、オスカー・パウル (Oscar Paul, 1836-1898) に、次いでドレスデン音楽院ジャン・ルイ・ニコデテオドール・キルヒナーフェリクス・ドレーゼケに師事しました。その後はドレスデンを拠点に活動します。

作曲家としては管弦楽曲、ピアノ協奏曲 Op.72、室内楽曲、ピアノ曲などを書いていて、その中でもフルートを含む室内楽曲が良く演奏されています。編曲の分野では、フランツ・リスト、ジョルジュ・ビゼー、エドヴァルド・グリーグといった他作曲家の作品を2台ピアノ用に編曲しています。ライプツィヒのシュタイングレーバー (Steingräber) が出版したショパン作品集の校訂者でもあり、クロンケの作品の中には Chopin-Etüden, Op. 23 といったものもあるようです。

2015-11-06

Josef Hofmann - Prélude in A minor, Op. 30 No. 2

Józef Kazimierz Hofmann (Poland, 1876 - 1957) - 8 Préludes pour le piano, Op. 30; No. 2. Allegro in A minor

ユゼフ・ホフマン作曲「8つの前奏曲 Op. 30」より第2番イ短調を弾きました。ホフマンは手が小さかったと伝えられるものの、この曲では左手で10度を軽くつかめるようでないと難しい箇所が出てきます。1903年に出版されたこの前奏曲集の調 (C, a, G, e, D, h, A, As) を見ると五度圏による配列になっていますが、もしかしたら全調24曲の前奏曲集とする構想があったのかもしれません。

幼くしてピアノ奏者として活動したホフマンですが、1888年から1894年にかけてアントン・ルビンシテイン、ハインリヒ・ウルバン (Heinrich Urban, 1837 - 1901)、モーリッツ・モシュコフスキオイゲン・ダルベールに師事し、作曲も学びました。本名のほかにミヒェル・ドヴォルスキー (Michel Dvorsky) の変名でも作品を出版していたようです。

2015-11-05

Ignatius de Orellana - Melodic Study No. 4

Ignatius Antonio de Orellana (England, ca.1860 - 1931) - 24 Melodic Studies for Pianoforte; No. 4 in A major.

イングランドの作曲家イグネイシャス・デ・オレヤナ作曲「ピアノのための24の旋律的練習曲」より第4番イ長調を弾きました。ジャージー島セント・ヘリアのスペイン系の家庭に生まれたイグネイシャス・デ・オレヤナは、ロンドンでヴァイオリンを学び、同地を拠点としてヴァイオリン奏者・指揮者・オーケストレイターとしても活動しました。

「ピアノのための24の旋律的練習曲」は1890年頃に出版されており、、全24調で書かれています。第4番イ長調は、前半が対位法的なアンダンテ、後半が右手の2分音符の和音と左手の16分音符の音階を組み合わせたアレグロの、2部からなる風変わりな構成です。

2015-11-02

150th Birth Anniversary of Sergey Yuferov

Sergey Vladimirovich Yuferov (Сергей Владимирович Юферов ; Сергій Володимирович Юферов ; Serge Yoûferoff, Ukraine, 1865 - 1927) - 6 Pièces pour bébé, Op. 50

No. 3. Doumka (Думка ; Dumka). Andantino

No. 6. Nocturne (Ноктюрн). Adagio

今日はウクライナの作曲家セルゲイ・ユフェロフ (セルヒーイ・ユフェロウ) 生誕150年の誕生日です。今回はユフェロフ作曲「幼児のための6つの小品 Op. 50」より第3曲「ドゥムカ イ短調」と第6曲「夜想曲 ニ短調」を弾きました。曲集の献辞には「我が親愛なる甥キリールに A mon cher neveu Cyrill 」とあります。

オデッサに生まれたセルゲイ・ユフェロフは、ペテルブルクでアレクサンドル・グラズノフとニコライ・クレノーフスキー (Николай Семёнович Кленовский, 1857 - 1915) に、モスクワでニコライ・グーベルト (Николай Альбертович Губерт, 1840 - 1888) とゲルマン・ラローシに師事しました。