2015-08-17

150th Birth Anniversary of Georg Haeser

Georg Haeser (Germany, 1865 - 1945) -
Elegie, e-moll (Neue Musik-Zeitung, 1905)

Skizze, F-dur (Neue Musik-Zeitung, 1906)

今日はドイツ出身の作曲家ゲオルク・ヘーザー生誕150年の誕生日です。今回はヘーザー作曲の「悲歌 ホ短調」と「スキッツェ ヘ長調」を弾きました。各曲は1905年と1906年に「新音楽新聞 Neue Musik Zeitung 」に掲載されました。記譜上ではそれぞれ3拍子と4拍子の曲ですが、どちらも変則的なリズムの面白さが際立った曲です。

ヘーザーはプロイセンのダンツィヒ (現ポーランド領グダニスク) に生まれ、ライプツィヒ音楽院で学んだのち、1894年よりスイスのチューリヒに移住し、同地でキュスナハト教員養成所 (Lehrerseminar Küsnacht (ZH)) ほか各校での音楽教師、合唱指揮者、「スイス音楽新聞 Schweizerischen Musikzeitung 」の批評家として活動しました。1905年から1933年にかけてバーゼル音楽院で理論と作曲の教師となり、バーゼル近郊のリーエン (Riehen) で亡くなりました。 (出典: スイス歴史事典 Historisches Lexikon der Schweiz)

2015-08-10

150th Birth Anniversary of Aleksandr Glazunov

Aleksandr Konstantinovich Glazunov (Александр Константинович Глазунов, Russia, 1865 - 1936) - In modo religioso, quatuor d'instruments à cuivre, Op. 38 (1892), Réduction pour piano à 2 mains (1893)

今日はアレクサンドル・グラズノフ生誕150年の誕生日 (グレゴリオ暦8月10日/ユリウス暦7月29日) です。今回はグラズノフ作曲「宗教的旋法で Op. 38」のピアノ2手編を弾きました。

原曲はB♭管トランペット、F管ホルン、テナートロンボーン、バストロンボーンの編成による金管四重奏のための小品で、帝室劇場管弦楽団トランペット奏者カルル・カールロヴィチ・サドーフスキー (Karl Karlovich Sadovsky ; Карл Карлович Садовский, fl. 1882-1900) に献呈されました。

2015-07-27

100th Death Anniversary of Johan Adam Krygell

Johan Adam Krygell (Denmark, 1835 - 1915) - Kleine Stimmungen ; Smaastemninger ; Moodlets, Op. 7

今日はデンマークの作曲家・オルガン奏者、ヨハン・エーダム・クリューゲル没後100年です。今回はクリューゲル作曲「オルガン (またはハルモニウム、ピアノ) のための『小さな気分』 Op.7」を弾きました。全8曲からなり、各曲には「憂鬱」、「夕べの気分、メロディ」、「思い出『また会おう』」、「朝の気分、メロディ」、「前奏曲」、「悲歌」、「恋人」、「別れ」という題が付いています。

ネストヴェズに生まれたクリューゲルは、画家を志していたものの後に音楽の道に転向し、1867年から創設されたばかりのコペンハーゲン音楽院 (現王立デンマーク音楽院) でニルス・ゲーゼ (Niels Gade, 1817-1890)、ゴトフレズ・マティソン・ハンスン (Gottfred Matthison-Hansen, 1832-1909)、ヨハン・ピーダ・イミーリウス・ハートマン (Johan Peter Emilius Hartmann, 1805-1900) に師事したのち、1874年よりアンガ奨学金 (Det anckerske Legat) によりドイツ、スイス、イタリア各地に留学しました。1880年より亡くなるまでコペンハーゲンの聖マタイ教会のオルガン奏者を勤め、即興の名手として知られたということです。

2015-07-21

150th Birth Anniversary of Robert Kahn

Robert Kahn (1865 - 1951) - Zwischen Sommer und Herbst, 11 Klavierstücke, Op. 67 (Berlin: Bote & Bock, 1920); No. 2. Langsam und schwermütig (C sharp minor)

今日はドイツの作曲家・ピアノ奏者・音楽教師、ローベルト・カーン生誕150年の誕生日です。今回はカーン作曲の「夏と秋の間、11のピアノ小品 Op. 67」より第2曲 嬰ハ短調を弾きました。

生地のマンハイムでエーミール・パウア (Emil Paur, 1855 - 1932) とエルンスト・フランク (Ernst Frank, 1847 - 1889) にピアノを、ヴィンツェンツ・ラハナー (Vinzenz Lachner, 1811 - 1893) に作曲を、ベルリンの王立高等音楽学校でフリードリヒ・キール (Friedrich Kiel, 1821 - 1885) とヴォルデマール・バルギール (Woldemar Bargiel, 1828 - 1897) に作曲を、エルンスト・ルードルフ (Ernst Rudorff, 1840 - 1916) にピアノを、ミュンヘン音楽アカデミーでヨーゼフ・ラインベルガー (Josef Gabriel Rheinberger, 1839 - 1901) に作曲を、ハインリヒ・シュヴァルツ (Heinrich Schwartz, 1861 - 1924) にピアノを師事しました。1897年にベルリンに戻り母校の王立高等音楽学校で音楽理論と室内楽の教師となり、1903年から1930年まで教授を務めました。1912年からは作曲も教えています。ユダヤ人であったカーンはナチスによるユダヤ人迫害を逃れて1937年に家族とともに渡英し、イングランドのビデンデン (Biddenden) で亡くなっています。

教え子に以下の人物がいます。

追記: 加筆しました (2020-02-12)。

出典:



2015-07-16

Gustav Schumann - Mazurka de salon, Op. 8 No. 2

Gustav Schumann (Germany, 1815 - 1889) - 3 Mazourkas, Op. 8 (Berlin: Bote et Bock, 1853); No. 2. Allegretto (D fat major)

今年が生誕200年となるドイツの作曲家・ピアノ奏者、グスタフ・シューマン作曲の「サロン用マズルカ 変ニ長調 Op. 8 No. 2」を弾きました。楽譜は Le musée des pianistes (St. Petersburg: Brandus) に収録されているものを使用しました。

1815年3月15日にザクセン王国ホルデンシュテット (Holdenstedt. ウィーン会議の後にプロイセン王国ザクセン州に属する) で生まれたグスタフ・シューマンは、ベルリンでヴィルヘルム・タウベルト (Wilhelm Taubert, 1811 - 1891) に師事し、同地でピアノ奏者、音楽教師として活動します。1845年にはヴァイオリン奏者のヨハン・レンメルス (Johann Remmers, 1805 - 1847) とともにガリツィアとモルダヴィアで演奏旅行を行いました。

出典: Ledebur, Carl Freiherrn von (1861). “Schumann, (Gustav)”. Tonkünstler-Lexicon Berlin's von den ältesten Zeiten bis auf die Gegenwart. Berlin: Berlin: Verlag von Ludwig Rauh. page 538.

2015-07-05

200th Death Anniversary of Johann Gottfried Wilhelm Palschau

Johann Gottfried Wilhelm Palschau (Denmark, 1741 - 1815) -
Sonata No. 5 in D major; II. Adagio in B minor

Sonata No. 6 in F major; III. Affettuoso in F minor

今日はドイツ出身の作曲家・鍵盤楽器奏者、ヨハン・ゴットフリート・ヴィルヘルム・パルシャウ没後200年の命日です。今回はパルシャウ作曲のソナタより、第5番 ニ長調 第2楽章「アダージョ ロ短調」と第6番 ヘ長調 第3楽章「アッフェトゥオーソ ヘ短調」を弾きました。

ヴァイオリン奏者ペーター・ヤーコプ・パルシャウ (Peter Jakob Palschau, ca.1708 - 1793) の子としてホルシュタイン公国に生まれたヨハン・ゴットフリート・ヴィルヘルム・パルシャウは、1747年頃に家族とともにコペンハーゲンに移ります。父はデンマーク王立管弦楽団のヴァイオリン奏者・ヴィオラ奏者となり、子のパルシャウは若き日よりハープシコード奏者の名手として知られました。

1754年からヨーロッパ北方の各地に滞在したのち1768年にはコペンハーゲンに戻りますが、1771年にはリガに、1777年以降はペテルブルクに移住し、演奏家や教師として活動します。リガではヨハン・ゼバスティアン・バッハの弟子の作曲家・鍵盤楽器奏者、ヨハン・ゴットフリート・ミューテル (Johann Gottfried Müthel, 1728 - 1788) と交友がありました。

2015-06-28

Scarlatti's Chefs-d'oeuvre (1791), selected by Clementi

Attributed to Domenico Scarlatti (Italy, 1685 - 1757) - Sonata No. 2 in F major, from “Scarlatti's Chefs-d'oeuvre for the Harpsichord or Piano-Forte, selected from an Elegant collection of Manuscripts, in the Possession of Muzio Clementi” (London, 1791)

1791年に出版された「ムツィオ・クレメンティの所有する手稿譜の優雅な曲集から選ばれたスカルラッティの主要作品」より第2曲ヘ長調を弾きました。この曲集はドメニコ・スカルラッティの鍵盤曲の中から12曲をまとめた曲集ということになっていますが、そのうちスカルラッティの真作とみなされているのは10曲です。

  1. Allegro assai, in F major, K. 378
  2. Andante cantabile, in F major [unidentifid]
  3. Allegro commodo, in F major, K. 380 [transposed from E major to F major]
  4. Cantabile, in D major, K. 490
  5. Allegro molto, in D major, K. 400
  6. Allegro di molto, in E flat major, K. 475
  7. Allegro, in E flat major, K. 381 [transposed from E major to E flat major]
  8. Un poco andante, in E major, K. 206
  9. Allegrissimo, in E major, K. 531
  10. Andante, in F minor, K. 462
  11. Allegro molto, in F minor, K. 463
  12. Allegro, in F major [Sonata, R. 5 by Antonio Soler]
この曲集については後に別の出版社によって、誤ってクレメンティの作品として出版されました。
『ムツィオ・クレメンティの所有する手稿譜の優雅な曲集から選ばれたスカルラッティの主要作品』は1791年に現れた。1803年、クレメンティの協力なしに、いや彼が知りさえしないうちに、ブライトコップ-ヘルテル社は彼の全集の出版に着手した。クレメンティは、ブライトコップ-ヘルテル社がこのような名誉を与えた3番目の作曲家であった。つまり、ハイドン、モーツァルトに対して同様の全集の企画が、前者は1798年に、後者は1800年に企てられている。クレメンティが1804年にライプツィヒに到着したとき、彼は自分の作品がすでに5巻出版されているのを発見した。その第5巻は、誤って彼の作品とされたスカルラッティやその他の古い時代の作曲家たちの作品まで含んでいた。
(レオン・プランティンガ Leon Plantinga 著、藤江効子 訳「クレメンティ 生涯と音楽」、音楽之友社、1993年、pp.193-194)

Gallica (フランス国立図書館の電子図書館) にある楽譜にも、同じ内容の曲集でクレメンティ作曲の「スカルラッティの様式により作曲された12のソナタ」 12 Sonates pour clavecin ou forte-piano composées dans le style du célèbre Scarlatti par Muzio Clementi, Opera 27e. (Paris: Lobry, 1792) とされているものがあります。

1838年から1840年にかけてカール・チェルニーによる校訂で25巻200曲からなる「ドメニコ・スカルラッティによるピアノのための全作品」 Sämmtliche Werke für das Piano-Forte von Dominic Scarlatti (Vienna:Tobias Haslinger, 1838-40) が出版されました。チェルニーは出典の一つとしてクレメンティの曲集を参照したとみられ、真作とみなされていない2曲 Czerny 195 (Clementi 2 [unidentifid]), Czerny 196 (Clementi 12 [Sonata in F major, R.5 by Antonio Soler]) と移調された2曲 Czerny 92 (Clementi 7, K. 381), Czerny 100 (Clementi 3, K. 380) も含まれています。

ソナタ Andante cantabile ヘ長調 (Clementi 2, Czerny 195) はチェルニーより後世の曲集でもスカルラッティ作として現れます。確認できたものを以下に挙げます。

これらのほかにもある、かつてはドメニコ・スカルラッティの作品とされながら現在では彼の真作とみなされていない作品の録音をいくつか見つけたので、参考のため挙げておきます。一覧の中で Buonamici, Granados としたのはそれぞれ Domenico Scarlatti, 22 Pieces for the piano, edited and fingered by G. Buonamici (New York: G. Schirmer, 1895), Domenico Scarlatti, 26 Sonatas inéditas para clave, compuestas en España para Familia Real (1729-1754), transcriptas libremente para Piano por el pianista compositor Enrique Granados (Madrid: Sociedad Editorial de Música, n.d.) の曲番号です。

2015-06-27

Friedrich Kalkbrenner - Fughetta alla Decima in F minor, Op. 20 No. 12

Friedrich Kalkbrenner (Germany, 1784 - 1849) - Étude pour le piano forte consistant en 24 exercices dans les tons majeurs et mineurs, Op. 20 (1825); Studio No. 12 in F minor

フリードリヒ・カルクブレンナー作曲の「全長短調による24のエグゼルシスからなるエチュード Op. 20」より練習曲第12番ヘ短調を弾きました。 C-Des-E の印象的な動機による対位法的な練習曲です。

グラドゥス・アド・パルナッスム Op. 44 を作曲したことでも知られる師ムツィオ・クレメンティから1820年にピアノソナタ 変ロ長調 Op. 46 を献呈されたカルクブレンナーは、5年後の1825年に出版されたこの曲集をクレメンティに献呈しました。ハ長調から始まって同主長短調の対を半音ずつ上げて全24調をめぐる配列となっています。

原題では単数形の Étude (エチュード) という単語が使われていますが、これはドイツ語の Schule に相当する用例のようで、個々の練習曲ではなく教本としての曲集のことを指すようです。19世紀初頭の曲集に、こういった題名のものがいくつか見つかります。フランツ・リスト作曲の「12の練習曲 S. 136」として知られる「全長短調による48のエグゼルシスとしてのエチュード Op. 6」については、前年に出版されたこのカルクブレンナーの曲集を意識して題名を付けたのかもしれません (参照: PTNAピアノ曲事典「チェルニー30番」再考 3.練習曲の定義の変遷 (1820年代-30年代))。

(括弧内は出版年)

追記 2015-11-29: 1880年頃に出版されたリトルフ版 (Etudes pour piano, op. 20. Braunschweig: Henry Litolff's Verlag. Catalog No. 1110) の練習曲第12番には "FUGHETTA ALLA DECIMA. Moderato. (♩ = 126.)" と書かれているようです。ミュッセによる複製版のページにサンプル画像がありました。「10度[の転回対位法]によるフゲッタ」の題や主題の類似からしても、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲「フーガの技法 Die Kunst der Fuge, BWV1080」の「コントラプンクトゥス 10. 10度の転回対位法による4声」を意識して書かれたものかもしれません。

2015-06-25

100th Death Anniversary of Rafael Joseffy

Rafael Joseffy (1852 - 1915) - Feuille d'album No. 1 in A major (New York: G. Schirmer, 1887)

今日はハンガリー出身でドイツや米国で活動した作曲家・ピアノ奏者、ラファエル・ヨゼフィ没後100年の命日です。今回はヨゼフィ作曲の「アルバムの綴り 第1番 イ長調」を弾きました。

オーストリア帝国領であったハンガリーの街フンファル (現在のスロバキア、プレショウ県ケジュマロク郡フンツォヴツェ Huncovce) に生まれ、ミシュコルツで少年期を過ごしたヨゼフィは、ブダペストでフリードリヒ・ブラウアー (Friedrich Brauer, 1806 - 1898) に、ライプツィヒでイグナーツ・モシェレスとエルンスト・フェルディナント・ヴェンツェル (Ernst Ferdinand Wenzel, 1808 - 1880) に、ベルリンでカール・タウジヒに、ヴァイマルでフランツ・リストにそれぞれ師事しました。1879年に渡米、それからニューヨークを拠点とし、同地で亡くなっています。

2015-05-09

150th Birth Anniversary of August de Boeck

August de Boeck (1865 - 1937) - Kinderdeuntjes, Ariettes pour petits et grands enfants, 12 morceaux faciles pour piano; No. 12. Gavotte (A flat major)

今日はベルギーの作曲家・オルガン奏者、アウフスト・ド・ブック生誕150年の誕生日です。今回はド・ブック作曲の「子供の曲集、小さな子供と大きな子供のためのアリエット集、ピアノのための12の易しい小品」より第12曲「ガヴォット 変イ長調」を弾きました。「子供の曲集」の各曲には「メヌエット」、「リート」、「セレナード」、「悪戯」、「夢」、「カプリス」、「マズルカ」、「田園 (羊飼いの歌)」、「おとぎ話」、「行列」、「悲歌」、「ガヴォット」といった題名が、オランダ語とフランス語で付けられています。

フランデレン地域のメルフテム (Merchtem) に生まれたド・ブックは、ブリュッセル王立音楽院 (1879-1891) でオルガン演奏、和声法、対位法、フーガを学んだのち、ベルギー各地で教会オルガン奏者や音楽学校の教師として活動しました。1930年以降の晩年は生地のメルフテムで過ごし、同地で亡くなっています。