2015-12-29

200th Birth Anniversary of Robert Volkmann

Robert Volkmann (Germany, 1815 - 1883) - Buch der Lieder für das Pianoforte, Op. 17; Heft 2 Nr. 3. Andante religioso (F-Dur)

ドイツの作曲家ローベルト・フォルクマン生誕200年ということで、フォルクマン作曲「ピアノのための歌の本 Op. 17」より第6曲 (第2巻第3曲) 「アンダンテ・レリジョーゾ ヘ長調」を弾きました。

ザクセン王国ロマッチュ (Lommatzsch) に生まれたローベルト・フォルクマンは、カントルである父にオルガンとピアノを、フリーベル (Friebel) にヴァイオリンとチェロを師事。進学したギムナジウムがあったフライベルクでアウグスト・フェルディナント・アナカー (August Ferdinand Anacker, 1790 - 1854) に、次いでライプツィヒでカール・フェルディナント・ベッカー (Carl Ferdinand Becker, 1804 - 1877) に作曲を師事しました。

3巻からなるピアノ曲集「歌の本」はハインリヒ・ハイネの同名の詩集 Buch der Lieder から題名を取ったもののようです。ピアノ独奏のための歌ということで、無言歌集に類するものと考えて良いでしょうか。第1巻と第2巻は1854年に、第3巻は1860年にそれぞれ出版されていて、チェコ出身の作曲家・ピアノ奏者であるヨーゼフ・フィシュホフ (Joseph Fischhof, 1804 - 1857) に献呈されています。

2015-12-28

200th Birth Anniversary of Fredrikke Egeberg

Fredrikke Egeberg (Norway, 1815 - 1861) - 6 Sange uden Ord for Pianoforte (6 Songs without Words for Piano); No. 1. Adagio cantabile (F minor)

ノルウェーの作曲家・ピアノ奏者、フレドリッケ・エーゲバルグ (フレゼレゲ・イーイベア) 生誕200年ということで、エーゲバルグ作曲「ピアノのための6つの無言歌」より第1番ヘ短調を弾きました。

フレドリッケ・エーゲバルグはデンマーク=ノルウェーのクリスティアーニア (現在のオスロ) にデーマーク人の材木商ヴェスティエ・エーゲバルグ (ヴェステュー・イーイベア ; Westye Egeberg) の9人いた子のうちの末の一人娘として生まれました。姓はシェラン島の都市イーイビェア (Egebjerg) に由来します。外科医であった兄のクリスティアン・アウグスト (Christian August Egeberg, 1809 - 1874) はチェロをたしなみ、その娘 (フレドリッケの姪) であるアンナ (Anna Egeberg, b. 1843) とフレドリッケ・リンブー (Fredrikke Lindboe, née Egeberg) は作曲家になりました。家族ぐるみの友人であったオーレ・ブル (Ole Bull, 1810 - 1880) とは、私的に室内楽の演奏を楽しむ仲だったようです。

出典: Fredrikke Egeberg | Norsk biografisk leksikon

2015-11-29

150th Birth Anniversary of Emil Kronke

Emil Kronke (Germany, 1865 - 1938) - 4 Deutsche Tänze, Op. 65; II. Giocoso grazioso (B flat major)

今日はドイツの作曲家・ピアノ奏者、エミール・クロンケ生誕150年の誕生日です。今回はクロンケ作曲「4つのドイツ舞曲 Op. 65」より第2番変ロ長調を弾きました。

プロイセン王国プロイセン州 (Provinz Preußen) ダンツィヒ (現在のポーランド領グダニスク) に生まれたエミール・クロンケは、ライプツィヒ音楽院でカール・ライネッケ、カール・ピウッティ、オスカー・パウル (Oscar Paul, 1836-1898) に、次いでドレスデン音楽院でジャン・ルイ・ニコデ、テオドール・キルヒナー、フェリクス・ドレーゼケに師事しました。その後はドレスデンを拠点に活動します。

作曲家としては管弦楽曲、ピアノ協奏曲 Op.72、室内楽曲、ピアノ曲などを書いていて、その中でもフルートを含む室内楽曲が良く演奏されています。編曲の分野では、フランツ・リスト、ジョルジュ・ビゼー、エドヴァルド・グリーグといった他作曲家の作品を2台ピアノ用に編曲しています。ライプツィヒのシュタイングレーバー (Steingräber) が出版したショパン作品集の校訂者でもあり、クロンケの作品の中には Chopin-Etüden, Op. 23 といったものもあるようです。

2015-11-06

Josef Hofmann - Prélude in A minor, Op. 30 No. 2

Józef Kazimierz Hofmann (Poland, 1876 - 1957) - 8 Préludes pour le piano, Op. 30; No. 2. Allegro in A minor

ユゼフ・ホフマン作曲「8つの前奏曲 Op. 30」より第2番イ短調を弾きました。ホフマンは手が小さかったと伝えられるものの、この曲では左手で10度を軽くつかめるようでないと難しい箇所が出てきます。1903年に出版されたこの前奏曲集の調 (C, a, G, e, D, h, A, As) を見ると五度圏による配列になっていますが、もしかしたら全調24曲の前奏曲集とする構想があったのかもしれません。

幼くしてピアノ奏者として活動したホフマンですが、1888年から1894年にかけてアントン・ルビンシテイン、ハインリヒ・ウルバン (Heinrich Urban, 1837 - 1901)、モーリッツ・モシュコフスキ、オイゲン・ダルベールに師事し、作曲も学びました。本名のほかにミヒェル・ドヴォルスキー (Michel Dvorsky) の変名でも作品を出版していたようです。

2015-11-05

Ignatius de Orellana - Melodic Study No. 4

Ignatius Antonio de Orellana (England, ca.1860 - 1931) - 24 Melodic Studies for Pianoforte; No. 4 in A major.

イングランドの作曲家イグネイシャス・デ・オレヤナ作曲「ピアノのための24の旋律的練習曲」より第4番イ長調を弾きました。ジャージー島セント・ヘリアのスペイン系の家庭に生まれたイグネイシャス・デ・オレヤナは、ロンドンでヴァイオリンを学び、同地を拠点としてヴァイオリン奏者・指揮者・オーケストレイターとしても活動しました。

「ピアノのための24の旋律的練習曲」は1890年頃に出版されており、、全24調で書かれています。第4番イ長調は、前半が対位法的なアンダンテ、後半が右手の2分音符の和音と左手の16分音符の音階を組み合わせたアレグロの、2部からなる風変わりな構成です。

2015-11-02

150th Birth Anniversary of Sergey Yuferov

Sergey Vladimirovich Yuferov (Сергей Владимирович Юферов ; Сергій Володимирович Юферов ; Serge Yoûferoff, Ukraine, 1865 - 1927) - 6 Pièces pour bébé, Op. 50

No. 3. Doumka (Думка ; Dumka). Andantino

No. 6. Nocturne (Ноктюрн). Adagio

今日はウクライナの作曲家セルゲイ・ユフェロフ (セルヒーイ・ユフェロウ) 生誕150年の誕生日です。今回はユフェロフ作曲「幼児のための6つの小品 Op. 50」より第3曲「ドゥムカ イ短調」と第6曲「夜想曲 ニ短調」を弾きました。曲集の献辞には「我が親愛なる甥キリールに A mon cher neveu Cyrill 」とあります。

オデッサに生まれたセルゲイ・ユフェロフは、ペテルブルクでアレクサンドル・グラズノフとニコライ・クレノーフスキー (Николай Семёнович Кленовский, 1857 - 1915) に、モスクワでニコライ・グーベルト (Николай Альбертович Губерт, 1840 - 1888) とゲルマン・ラローシに師事しました。

2015-10-26

100th Death Anniversary of August Bungert

August Bungert (Germany, 1846 - 1915) - Aus jungen Tagen, Op. 9; No. 8. Auge in Auge. Andante (E flat major)

今日はドイツの作曲家アウグスト・ブンゲルト没後100年の命日です。今回はブンゲルト作曲「若き日々より Op. 9」より第8曲「見つめ合い」(変ホ長調) を弾きました。右手が1小節だけ先行する10度のカノンとして書かれています。

プロイセン王国ミュールハイム・アン・デア・ルール (Mülheim an der Ruhr) に生まれたアウグスト・ブンゲルトは、ギムナジウムの教師ハインリヒ・クッフェラートに音楽の才能を見いだされ、卒業後はケルン音楽院でハインリヒ・クッフェラートの弟フーベルト・フェルディナント・クッフェラート (Hubert Ferdinand Kufferath, 1818 - 1896) に師事しました。パリへの留学ののち、1874年に移ったベルリンでフリードリヒ・キール (Friedrich Kiel, 1821 - 1885) に師事しています。1876年と1878年には「若き日々より Op. 9」の第9曲までが出版されました。

2015-10-25

150th Birth Anniversary of Bolesław Grodzki

Bolesław Grodzki (Boleslav Viktrovich Grodzky ; Болеслав Викторович Гродзкий, Russia, born 1865) - Élégie pour piano (Элегия). Lento (D minor)

今日はロシアの作曲家ボレスワフ・グロツキ (ボレスラフ・グロツキー) 生誕150年の誕生日です。今回はグロツキ作曲「悲歌 ニ短調」を弾きました。

ボレスワフ・グロツキはペテルブルクのポーランド系の家庭に生まれ、ニコライ・ソコローフ (Nikolay Aleksandrovich Sokolov, 1859 - 1922) に師事しました。作曲家としては、ピアノ独奏曲、ヴァイオリンとピアノ、チェロとピアノのための二重奏曲、歌曲、合唱曲を主に書いています。

2015-10-24

100th Death Anniversary of Celestino Vila de Forns

Celestino Vila de Forns (Spain, 1829/1830 - 1915) - 6 Sonatas for Piano or Organ (pub. 1886); Sonata No. 2 in D minor; I. Allegro assai.

スペインの作曲家・オルガン奏者、セレスティーノ・ビラ・デ・フォルンス (セレスティ・ビラ・ダ・フォルンス) 没後100年ということで、ビラ・デ・フォルンス作曲の「ピアノまたはオルガンのための6つのソナタ」よりソナタ第2番ニ短調の第1楽章を弾きました。

カタルーニャのベイプッチ (Bellpuig) に生まれたセレスティーノ・ビラ・デ・フォルンスは、リェイダのセミナリオ (Seminari de Lleida ; Seminario de Lérida) で教会音楽を学び、ウエスカ大聖堂 (Catedral d'Osca ; Catedral de Huesca) とグラナダ大聖堂 (Catedral de Granada) の楽長を勤めました。

楽譜の表紙の “6 Sonatas para piano u órgano : adoptadas para la Enseñanza en la Escuela Nacional de Música y Declamación : compuestas por C. Vila de Forns, Maestro de Capilla de la Catedral de Granada” より、この「6つのソナタ」は Escuela Nacional de Música y Declamación (現在のマドリード音楽院 Real Conservatorio Superior de Música de Madrid) の教材として書かれたもののようです。各曲はいずれも 急-緩-急 の3楽章構成で、古典ソナタの様式となっています。被献呈者は曲ごとに6人いて、曲順に挙げると Emilio Arrieta (1823 - 1894), Dámaso Zabalza (1835 - 1894), Manuel Mendizábal (1817 - 1896), Valentín María de Zubiaurre (1837 - 1914), Mariano Vázquez Gómez (1831 - 1894), Juan María Guelbenzu (1819 - 1886) となります。この6人はみなスペインの作曲家です。

「6つのソナタ」の序文として書かれた文章を以下に掲載します。

Dictamen emitido por la Escuela
Nacional de Música y Declamacion.

Hay un sello que dice Escuela de Música y Declamacion. En contestacion á su atenta communication de 16 de Diciembre último suplicándome el nombramiento de una Comision de Profesores de esta Escuela para examinar las Seis Sonatas para Piano ú Órgano de su composicion que me remitió adjuntas, procedí inmediatamente al nombramiento de la misma, la cual, despues de evacuado su cometido, me comunica el dictamen que á continuacion trascribo:= = Excmo. Sr. = En cumplimiento de la orden de V. E. se reunió la comision nombrada para emitir dictamen acerca de las Seis Sonatas para Piano, presentadas por su autor Don Celestino Vila de Forns, maestro de Capilla de Granada. Examinadas atentamente las referidas obras, que revelan provechoso estudio de los modelos clásicos, y vista la correccion, buen gusto y pureza de estilo con que estan escritas, la Comision tiene el honor de manifestar á V. E. que las considera muy útiles para la enseñanza del Piano. Para que así conste, firmamos el presente dictamen en Madrid á 30 de Diciembre de 1885. = El Presidente = Manuel Mendizabal.= El Vocal. = Dámaso Zabalza. = El Secretario. = Mariano Vazquez. = Réstame manifestar á V, para su satisfaccion y efectos consiguientes, mi adhesion completa al dictamen anterior y que, en su consecuencia, quedan adoptadas desde este dia las referidas seis Sonatas como obra de testo en la enseñanza de esta Escuela. = Dios guarde á V. muchos años, Madrid 2 de Enero de 1886. = El Director = Emilio Arrieta. = Sr. D. Celestino Vila de Forns.

Es copia.



2015-10-22

150th Birth Anniversary of Borghild Holmsen

Borghild Holmsen (Norway, 1865 - 1938) - Fjordbilleder, Op. 17; No. 2. Baaten Driver. Moderato (E flat major)

今日はノルウェーの作曲家・ピアノ奏者、ボルギル・ホルムセン生誕150年の誕生日です。今回はホルムセン作曲の3曲からなる「フィヨルドの絵画集 Op. 17」より第2曲「ボートの船頭」変ホ長調を弾きました。題名からしても舟歌の類いと言っていいでしょうが、終始5拍子で同じリズムが繰り返されます。残りの2曲は第1曲「フィヨルドの風景」ニ長調と第3曲「大波」ハ長調です。

クロクスタに生まれ、7歳のときにクリスティアーニア (現在のオスロ) に移住したホルムセンは、アガーテ・バッケル・グレンダール (Agathe Backer-Grøndahl, 1847 - 1907) にピアノを、オット・ヴィンテ・イェルム (Otto Winter-Hjelm, 1837 - 1931) に音楽理論を師事します。それからライプツィヒでカール・ライネッケ (Carl Reinecke, 1824 - 1910) とザーロモン・ヤーダスゾーン (Salomon Jadassohn, 1831 - 1902) に、ベルリンでアルベルト・ベッカー (Albert Becker, 1834 - 1899) に師事しました。

欧米各地で演奏家として活動したのち、ベルゲン音楽院 (現在のベルゲン大学グリーグ・アカデミー) の教員となりました。