Angelo Maurizio Gaspare Mariani (Italy, 1821 - 1873) / Alessandro Longo (Italy, 1864 - 1945) - Melodia dalla Romanza per canto « Dolore e Speranza ». Andantino (E major).
今日はイタリアの作曲家・指揮者・ヴァイオリン奏者、アンジェロ・マリアーニ生誕200年の誕生日です。今回はマリアーニ作曲、歌曲「苦痛と希望」の、アレッサンドロ・ロンゴによるピアノ独奏編曲を弾きました。ロンゴが編纂した「金の図書館、あらゆる時代と地域の巨匠の作品からの700のピアノ小品 Biblioteca d'Oro, 700 pezzi per pianoforte tratti dalle opere di Maestri di ogni tempo e paese 」の第3巻に第30曲として収録されています。
1821年10月11日に教皇領ラヴェンナ (Ravenna) で生まれたアンジェロ・マリアーニは、生地のアカデミア・フィラルモニカ (Accademia filarmonica di Ravenna) でピエトロ・カザリーニ (Pietro Casalini) とジョヴァンニ・ノスティーニ (Giovanni Nostini) にヴァイオリンを、ラヴェンナ大聖堂オルガン奏者ジェロラモ・ロベルティ (Gerolamo Roberti) に対位法を師事しました。サンターガタ・フェルトリア、リミニ、マチェラータ、ファエンツァ、トレント、ボローニャ、メッシーナ、ナポリ、ミラノとイタリア各地で活動したのち、1847年のコペンハーゲンを経て、1848年9月から2年間はイスタンブールのナウム劇場 (Théâtre Naum) の音楽監督を務めました。コペンハーゲンではデンマーク王立管弦楽団音楽監督の職を持ちかけられたものの、1848年革命が起きると兵役志願を理由としてイタリアに戻りました。革命の戦闘に参加したかは不明です。1852年にジェノヴァのカルロ・フェリーチェ劇場 (Teatro Carlo Felice) 常任指揮者に就任。1857年のジュゼッペ・ヴェルディ (Giuseppe Verdi, 1813 - 1901) 作曲の歌劇『アロルド』初演の指揮を契機にヴェルディと親密になりましたが、1868年以後のヴェルディ作品の指揮やマリアーニの婚約者でソプラノ歌手のテレーザ・シュトルツ (Teresa Stolz, 1834 - 1902) などをめぐるいざこざにより1871年に2人の関係は破綻しました。1871年11月1日のリヒャルト・ヴァーグナー (Richard Wagner, 1813 - 1883) 作曲『ローエングリン』、1872年11月11日の同『タンホイザー』のボローニャでのイタリア初演ののちジェノヴァに戻り、1873年6月13日に腸癌のために同地で亡くなりました。
出典: Phillips-Matz, Mary Jane; Budden, Julian (2001). “Mariani, Angelo (Maurizio Gaspare)”. Grove Music Online. Retrieved 2021-10-09.
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