2020-09-16

原田光子 訳編『大ピアニストは語る』の原著 Great Pianists on Piano Playing by James Francis Cooke

2020年5月に河出書房新社から復刊された原田光子 (1909-1946) 訳編『大ピアニストは語る』を読んだところ、原著についての情報が少なく誤りを含むものだったので、調べた結果をここに記録する。本書は東京創元新社の1969年3月刊を定本としていて、レコード音楽社の1942年3月刊の初版に収録された「初版はしがき」(原田 2020, pp. 213-215) には原著について以下のように書かれている。

ここに集めた芸術論の約半分は、山根銀二氏から拝借したクック編纂のピアニスト芸談集から「レコード音楽」に訳載したものでございます。その他は独、仏、米の音楽雑誌から選んだもので、「レコード文化」及び「音楽公論」に掲載したものを加えました。

また、小論「ベートーヴェン、ショパン、リストのピアノ演奏をめぐりて」(原田 2020, pp. 186-212) について原田は「アメリカの著名なる音楽評論家、T・フィンクがその著書に引用している資料をそのまま借用」(原田 2020, p. 212) したとしている。この著書とはおそらくヘンリ・セオフィラス・フィンク (Henry Theophilus Finck, 1854 - 1926) 著『音楽での成功 Success in Music 』(New York: Charles Scribner's Sons, 1909) であり、原田の小論はそのうちの第3部 "Great Pianists" に含まれる第14章 "How Beethoven Played and Taughts" (Finck 1909, pp. 255-261)、第15章 "Chopin as Pianist and Teacher" (idem, pp. 262-274)、第16章 "Liszt and His Pupils" (idem, pp. 275-294) を元に書かれたものであろう。この書籍には『大ピアニストは語る』第2章「イグナーツ・ヤン・パデレフスキー」第2節「テンポ・ルバートについて」(原田 2020, pp. 26-34) の原著と思われる第28章 "Paderewski on Tempo Rubato" (Finck 1909, pp. 454-461) も収録されている。

萩谷由喜子による解説「ピアノ音楽の使徒、原田光子さん」(原田 2020, pp. 216-222) では、以下のように原著の一つである『ピアニスト藝談集』の編纂者クックをデリック・クック (Deryck Cooke, 1919 - 1976) と補足しているが、これは誤りである。訳書初版の時点でデリック・クックは書籍の編纂者として考えるとかなり若年の22歳であり、それ以前に『ピアニスト芸談集』のような書籍を編纂したという記録も見当たらない。また、前述のT・フィンクやその著書の特定について萩谷は述べていない。

オリジナルの芸談の約半数は、イギリスの音楽学者デリック・クック (1919 - 1976) 編纂の『ピアニスト藝談集』に収載されていたもので、訳編者はこれを、音楽評論の泰斗、山根銀二氏から借り受けたという。このクック本をもととする章は音楽雑誌『レコード音楽』にシリーズ連載したもの、それ以外の数章は独、仏、米の音楽雑誌を出典として、音楽雑誌『レコード文化』『音楽公論』に単発で発表したものである。

編纂者クックは実際にはジェイムズ・フランシス・クック (James Francis Cooke, 1875 - 1960) である。『ピアニスト藝談集』の原題は Great Pianists on Piano Playing : Study Talks with Foremost Virtuosos であり、 Theodore Presser Company から初版 (全21章) が1913年に、増補された第2版 (全30章) が1917年に出版されている。初版の原文はプロジェクト・グーテンベルクで公開されている。以下に原田『大ピアニストは語る』(2020) の章と対応する原著を記す。クック編纂『ピアニスト藝談集』からの翻訳は、『大ピアニストは語る』全20章のうち12章 (初版全21章のうち9章、第2版で増補された9章のうち3章) である。

追記: クック編纂『ピアニスト藝談集』第2版の増補分、フィンク Finck (1909)『音楽での成功 Success in Music 』、カサドゥジュ Casadesus, Robert (1941)「音楽学習における技術の位置 The Place of Technic in Music Study 」『エチュード The Etude 』第59巻第5号、ルービンスタイン Rubinstein, Artur (1941)「上級ピアニストに与う Problems of the Advanced Piano Student 」『エチュード The Etude 』第59巻第6号、シュナーベル Schnabel, Artur (1941)「ピアニストに必要な特性 The Qualities a Pianist Must Possess 」『エチュード The Etude 』第59巻第8号。未詳とした以上の原著について加筆した (2020-09-18)。

  1. ウラジミール・ド・パハマン 1848-1933. 演奏の独自性の探求 (Cooke 1913, pp. 182-195. §14. Seeking Originality. Vladimir de Pachmann)
  2. イグナーツ・ヤン・パデレフスキー 1860-1941.
    1. 音楽芸術の幅の広さについて (Cooke 1917, pp. 290-300. §22. Bredth in Musical Art. Ignaz Jan Paderewski)
    2. テンポ・ルバートについて (Finck 1909, pp. 454-461. §28. Paderewski on Tempo Rubato. 原田 2020, p. 34「このパデレフスキーのテンポ・ルバートに関する小論は、以前に読んだ折に自分の心覚えのためにざっと訳しておいたものである。」)
  3. エミール・フォン・ザウアー 1862-1942. 演奏家の訓練 (Cooke 1913, pp. 236-250. §18. The Training of the Virtuoso. Emil Sauer)
  4. モーリッツ・ローゼンタール 1862-1946. 壮麗なるピアノ演奏様式 (Rosenthal, Moriz. 原著未詳)
  5. イシドール・フィリップ 1863-1958. ピアノ教授について (Philipp, Isidor. 原著未詳)
  6. フェルッチョ・ブゾーニ 1866-1924. ピアノ学習上の重要なる細目 (Cooke 1913, pp. 97-107. §7. Important Details in Piano Study. Ferruccio Busoni)
  7. レオポールト・ゴドウスキー 1870-1938. テクニックの真の意義について (Cooke 1913, pp. 133-142. §10. The Real Significance of Technic. Leopold Godowsky)
  8. セルゲイ・ラフマニノフ 1873-1943. 芸術的演奏の本質 (Cooke 1913, pp. 208-220. §16. Essentials of Artistic Playing. S. V. Rachmaninoff)
  9. ハロルド・バウアー 1873-1951. ピアノ学習の芸術面 (Cooke 1913, pp. 64-78. §5. Artistic Aspects of Piano Study. Harold Bauer)
  10. ヨーゼフ・ホフマン 1876-1957. ピアノ演奏の進歩 (Cooke 1913, pp. 157-168. §12. Progress in Piano Study. Josef Hofmann)
  11. ルドルフ・ガンツ 1877-1972. ピアノ演奏の機会と制限 (Cooke 1917, pp. 311-320. §24. Opportunities and Limitations in Pianoforte Playing. Rudolph Ganz)
  12. アルフレッド・コルトー 1877-1962. インタープリテーションについて. (Cortot, Alfred (1934). Cours d'interprétation. 原田 2020, p. 119「コルトーの『インタープリテーション講義』中のコルトーの言葉を加えることにした。……ここに加えたコルトーの言葉も、英訳によった」)
  13. オシップ・ガヴリロウィッチ 1878-1936. タッチの本質 (Cooke 1913, pp. 122-131. §9. Essentials of Touch. Ossip Gabrilowitsch)
  14. マーク・ハンブルク 1879-1960. 音楽学習の進歩と保証 (Cooke 1917, pp. 349-362. §27. Insuring Progress in Music Study. Mark Hambourg)
  15. アルトゥール・シュナーベル 1882-1951. ピアニストに必要な特性 (Schnabel, Artur (August 1941). “The Qualities a Pianist Must Possess”. The Etude. Vol. 59 no. 8. page 511)
  16. ヴィルヘルム・バックハウス 1884-1969. 明日のピアニスト (Cooke 1913, pp. 52-62. §4. The Pianist of To-morrow. Wilhelm Bachaus)
  17. アルトゥール・ルービンスタイン 1887-1982. 上級ピアニストに与う (Rubinstein, Artur (June 1941). “Problems of the Advanced Piano Student”. The Etude. Vol. 59 no. 6. p. 365)
  18. イーヴ・ナット 1890-1956. ピアノについて (Nat, Yves. 原著未詳)
  19. ヴァルター・ギーゼキング 1895-1956 (カール・ライマーによる). 近代奏法の基礎 (Leimer, Karl; Gieseking, Walter (1931). Modernes Klavierspiel. 原田 2020, p. 177「ここに加えたものは、ギーゼキングの師であるカール・ライマーが書いた『近代ピアノ奏法』の第一章である。ギーゼキング自身この書に序文をよせて、その芸術家としての教育のすべてを負っていると恩師に感謝しているほどであるし、書名に『ライマー=ギーゼキングによる』と副題が記されているほどであるから、ギーゼキングの演奏法の基礎を知るには、適当なものであろう」)
  20. ロベール・カサドゥジュ 1899-1972. 音楽学習における技術の位置 (Casadesus, Robert (May 1941). “The Place of Technic in Music Study”. The Etude. Vol. 59 no. 5. pages 297-298)

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